安心して話せる場は、どう生まれるのか。〜心理的安全性は「つくる」のではなく「育てる」〜
「心理的安全性を高めましょう。」
最近、そんな言葉を耳にする機会が増えました。
安心して発言できる職場。
失敗を恐れず挑戦できるチーム。
もちろん、とても大切な考え方です。
しかし、私は少し違和感を覚えることがあります。
心理的安全性とは、本当に「つくる」ことができるものなのでしょうか。

「自由に話してください」では、人は話せない
会議や研修で、
「今日は何でも自由に話してください。」
そんな言葉を聞くことがあります。
しかし、その一言だけで急に話し始められる人は、それほど多くありません。
「本当に言っても大丈夫だろうか。」
「反対意見を言ったら、場の空気が悪くならないだろうか。」
そんな思いが頭をよぎります。
安心とは、「自由です」と宣言されて生まれるものではありません。
安心とは、経験の積み重ねの中で育っていくものです。
「無礼講」は、本当に無礼なのか
日本には、「今日は無礼講で」という言葉があります。
でも、本当に無礼講でしょうか。
上司に向かって、
「部長、それは間違っています。」
と言えば、おそらく、その場の空気は凍ります。
誰も、そんなことを期待しているわけではありません。
無礼講とは、礼儀を捨てることではなく、
普段より少しだけ立場を越えて、本音を話してもよい。
そんな場をみんなでつくろうという約束なのです。
日本人は昔から、
礼儀を守ることと、本音を伝えることは両立できると考えてきました。
敬語や礼儀作法は、何のためにあるのか
敬語や礼儀作法は、上下関係を強めるためのものだと思われがちです。
しかし、本来は違うのではないでしょうか。
私は、
上長に対しても安心して意見を伝えるための「型」
なのだと思っています。
「部長、それは違います。」
ではなく、
「私の理解が違っていたら申し訳ありませんが、別の見方もあるように感じました。」
と言う。
これは遠回しにしているのではありません。
相手への敬意を保ちながら、本音を伝えるための工夫です。
敬語や礼儀作法とは、相手に従うためのものではありません。
立場の違いを越えて対話を続けるための知恵なのです。
心理的安全性は、「人と人の間」にある
「心理的安全性を高めるために、何をすればよいですか。」
そんな問いに対して、1on1や雑談の時間、対話の場づくりなど、さまざまな取り組みが紹介されています。
もちろん、どれも大切です。
しかし、それだけで心理的安全性が生まれるわけではありません。
制度はきっかけにはなっても、安心そのものをつくることはできないからです。
では、安心はどこで生まれるのでしょうか。
私は、それは人の心の中ではなく、人と人との間で生まれるものだと思っています。
「この人なら最後まで話を聞いてくれる。」
「この人は、反対意見でも人格を否定しない。」
「失敗しても、一緒に考えてくれる。」
そんな経験が積み重なることで、
「ここなら話しても大丈夫。」
という感覚が育っていきます。
つまり、心理的安全性とは、一人ひとりが持っている性質ではありません。
人と人との関係が生み出すものなのです。
育てるべきなのは、「安心」ではなく「関係」
だから私は、
心理的安全性を直接育てようとするよりも、
人と人との関係を育てることの方が大切なのだと思っています。
話を最後まで聞く。
相手を決めつけない。
失敗を責めない。
違う意見にも耳を傾ける。
そんな小さなやり取りの積み重ねが、信頼を育てます。
そして、その信頼の上に、
心理的安全性は自然と育っていきます。
植物が、土を耕え、水を与え、日光を浴びることで育つように。
安心だけを育てようとしても育ちません。
まず育てるべきなのは、関係なのです。
社内報もまた、関係を育てる仕事
私は、社内報にも同じ役割があると考えています。
社内報は、心理的安全性を直接つくるツールではありません。
けれど、
普段話す機会のない人を知る。
他部署の仕事を知る。
誰かの挑戦や失敗を知る。
「ありがとう」が紙面に載る。
そうした積み重ねは、
人と人との距離を少しずつ縮め、
「この人なら話してみよう。」
という関係を育てていきます。
社内報は、人を変えるためのメディアではありません。
人と人との関係を育てるメディアなのです。
心理的安全性は、信頼が育った結果
心理的安全性とは、
制度でもありません。
スローガンでもありません。
「何でも自由に言えること」でもありません。
安心して、
敬意を持って、
異なる意見を伝えられること。
その背景には、必ず信頼があります。
そして、その信頼は、
人と人との関係の中で、少しずつ育っていきます。
だから私は、
心理的安全性とは、「つくる」ものではないと思っています。
人と人との関係を育てた、その先に生まれるもの。
組織を変えるとは、人を変えることではありません。
人と人との関係を育てることです。
その積み重ねが、組織の空気を変え、会議での沈黙を変え、安心して話せる場を育てていく。
心理的安全性とは、その結果として、静かに姿を現すものなのだと思います。


