組織の中の「小さな火種」を見つける。〜社内報にできること〜
会社を変えたい。
組織をもっと良くしたい。
社員にもっと主体的に動いてほしい。
そんな話になると、私たちはつい「大きな何か」を考えます。
新しい制度をつくる。
研修をする。
理念を浸透させる。
評価制度を変える。
大きなプロジェクトを立ち上げる。
もちろん、そうした取り組みも必要です。

でも、10年以上、社内報という仕事を通じていろいろな会社を見ていると、組織が動き始めるきっかけというのは、案外もっと小さなところにあるように感じます。
誰かの一言だったり。
何気ない会話だったり。
「あの人、そんなことを考えていたんだ」という発見だったり。
まだ何かが始まったわけではない。
目に見える成果が出ているわけでもない。
でも、そこには何かが始まりそうな小さな熱がある。
私は、そういうものを組織の中の**「小さな火種」**だと考えています。
ここでいう「火種」は、問題やトラブルの原因という意味ではありません。
まだ炎にはなっていないけれど、そこには確かに熱があり、何かが始まる可能性を持っているもの。
そんな意味での「火種」です。
人は、いつ動き出すのだろう
人が何かを始めるきっかけは、意外と些細なものです。
誰かの話を聞いて、
「それ、面白そうだな」
と思った。
同僚の記事を読んで、
「自分も同じことを感じていた」
と思った。
失敗談を読んで、
「自分だけじゃなかったんだ」
と少し安心した。
誰かの挑戦を知って、
「だったら、自分もやってみようかな」
と思った。
その瞬間に何か大きな行動が起きるわけではありません。
でも、その人の中には、確かに何かが残っています。
それもまた、小さな火種なのだと思います。
火種は、すでに組織の中にある
そして、社内報が新しく火種をつくらなければならないわけでもありません。
会社の中には、すでにたくさんの火種があります。
仕事のやり方を少し変えようとしている人がいる。
お客様のために、小さな改善を続けている人がいる。
失敗しながら、新しいことに挑戦している人がいる。
後輩のことを気にかけている先輩がいる。
部署を越えて、誰かと誰かが自然に協力し始めている。
本人さえ「大したことではない」と思っている、小さな工夫がある。
まだ成功事例と呼べるほどではない。
会議の議題にもならない。
数字にも表れていない。
でも、そこには何かが始まりそうな気配があります。
問題は、火種がないことではありません。
そこにある火種に、私たちが気づいていないことなのかもしれません。
私たちは「過去」を通して、今を見ている
ここで思い出すのが、オットー・シャーマーが提唱した「U理論」です。
U理論には、「ダウンローディング」という考え方があります。
私たちは目の前の現実を、そのまま見ているつもりでも、実際には過去の経験や知識、成功パターン、固定観念などを通して見ています。
「うちの会社はこういうものだ」
「あの部署はいつもこうだ」
「あの人はこういう人だ」
「この仕事は、こうやるものだ」
「今までこのやり方でうまくいってきた」
こうした過去からつくられた見方を通して現在を見ると、目の前で起きていることも、いつもの枠組みの中で解釈してしまいます。
すると、本当はそこに新しい動きが生まれ始めていても、それに気づくことができない。
火種がないのではない。
火種はある。でも、見えていない。
そんなことが、組織の中ではたくさん起きているのではないでしょうか。
「生まれようとしている未来」に耳を澄ませる
U理論では、こうした過去からの見方をいったん手放し、注意深く「今、ここ」で起きていることに向き合うことで、まだ形になっていない未来の可能性を感じ取ろうとします。
いわば、
「過去から現在を見る」のではなく、「生まれようとしている未来」に耳を澄ませる。
会社の中にも、そんな「未来の兆し」はすでに現れているのかもしれません。
まだ成果にはなっていない。
まだ誰も評価していない。
会議の議題にも上がっていない。
数字にも表れていない。
でも、
「なんだか、この動きは面白い」
「この人の話には、何かある」
「この二人が話したら、面白いことが起こりそうだ」
「ここから何かが始まりそうだ」
そんな小さな兆しが、組織のあちこちにある。
それを見つけられるかどうか。
私は、そこに社内報の一つの可能性があると思っています。
社内報は「気づくための装置」にもなれる
社内報というと、「すでに起きたこと」を伝えるメディアだと思われがちです。
成功した人を紹介する。
達成したプロジェクトを紹介する。
会社の出来事を報告する。
もちろん、それも大切です。
でも、それだけではなく、
「これから何かが生まれそうな場所」に目を向ける。
そんな役割があってもいいのではないでしょうか。
成功した人を探すのではなく、
「最近、何か変わったことはありませんか?」
と聞いてみる。
成果だけを聞くのではなく、
「最近、気になっていることはありますか?」
と聞いてみる。
「何か困っていることはありませんか?」
「最近、面白いと思ったことは?」
「誰かと話してみたいことは?」
会社が伝えたい答えを聞き出すのではなく、その人が今、何を見て、何を感じているのかに耳を傾ける。
そうすると、取材をする側にも予想していなかった言葉が出てくることがあります。
私は、そこが社内報の取材の面白いところだと思っています。
響くところは、誰しも違う
そして、見つけた火種を記事として社内に置いてみる。
何が誰に響くのかは分かりません。
ある人は、仕事への考え方に引っかかるかもしれない。
ある人は、失敗談に共感するかもしれない。
ある人は、その人が何気なく話した一言に心を動かされるかもしれない。
ある人は、仕事とはまったく関係のない話から、その人に興味を持つかもしれない。
響くところは、誰しも違います。
だから、
「この記事を読んで、こうなってほしい」
と、あまり答えを決めすぎなくてもいいのだと思います。
いろいろな人の、いろいろな言葉を置いておく。
その中のどこかに、誰かの心に引っかかるものがある。
そして、
「あの記事、読んだ?」
という会話が生まれる。
「実は自分も同じことを考えていた」
という人が現れる。
「それなら、一緒にやってみようか」
という話になるかもしれない。
一人の中にあった小さな火種が、別の誰かの中にある火種と出会う。
そこから何かが始まります。
火種は、人と人の間で育っていく
私は、人の思いやアイデアは、一人の中だけで大きくなっていくものではないと思っています。
誰かに話す。
誰かが反応する。
別の考えが加わる。
また誰かに伝わる。
その中で、最初とは少し違うものになっていく。
「こんなことをやっている人がいるらしい」
「それなら、うちの部署でもできるんじゃない?」
「この人を紹介しようか?」
「一度、一緒に話してみよう」
そうやって、人と人との間を行き来することで、小さな火種が少しずつ育っていく。
最初は一人の中にしかなかった思いが、いつの間にか何人かのものになっている。
そして気がついた時には、
「なんだか最近、会社が変わってきたね」
となっている。
組織の変化とは、案外こういうものなのかもしれません。
社内報は「発火装置」ではない
だから私は、社内報を「社員を動かすためのツール」と考えることには、少し違和感があります。
社内報を読ませて、
理念を浸透させる。
社員の意識を変える。
行動を変える。
そんなふうに考えると、どうしても「会社から社員へ」という一方向のコミュニケーションになってしまいます。
社内報は、社員の心に強制的に火をつける**「発火装置」ではありません。**
人の心に、こちらの都合で火をつけることはできない。
でも、
すでに組織の中にある小さな火種を見つけ、それを人と人との間に置くことはできる。
そして、それを見た誰かの中にある別の火種と、つながるきっかけをつくることはできる。
大きな火を起こさなくてもいい
社内報の記事を一本つくったからといって、会社が劇的に変わることはありません。
一号発行したからといって、社員の意識が一斉に変わることもないでしょう。
それでいいのだと思います。
ある人が、同僚のことを少し知る。
今まで話したことのなかった人に、声をかけてみる。
誰かの工夫を、自分の仕事にも取り入れてみる。
「実は自分もこんなことを考えている」と話してみる。
そんな小さな変化が、一つ生まれる。
そしてまた、別の火種を見つける。
それを社内に置いてみる。
誰かがそれに気づく。
また何かがつながる。
その繰り返しです。
社内報が未来をつくるわけではありません。
未来の答えを示すわけでもありません。
ただ、
すでに組織の中に現れ始めている「未来の兆し」に気づき、それを人と人との間に置くことはできる。
そして、そこから何が生まれるのかは、そこにいる人たちに委ねてみる。
大きな火を一度起こそうとするよりも、組織のあちこちにある小さな火種を見つけ、それらが出会う機会を増やしていく。
人を直接変えることはできない。
でも、人が誰かを知るきっかけはつくれる。
誰かの言葉を、別の誰かに届けることはできる。
まだ誰も気づいていない、小さな変化を見つけることもできる。
そして、その小さな接点から、いつか何かが動き始めるかもしれない。
組織の中の「小さな火種」を見つける。
私は、それも社内報の大切な役割だと思っています。


