「いい会社」には、いい雑談がある。〜組織を動かす余白の正体〜

仕事に関係のない話は、無駄なのだろうか
会社では、効率が求められます。
会議には目的があり、議題があり、限られた時間の中で結論を出すことが求められる。
「この会議は何のためにするのか」
「今日、何を決めるのか」
「誰が、いつまでにやるのか」
もちろん、それは大切なことです。
けれども、会社の中で起きていることを眺めていると、組織を動かす大切な何かは、必ずしも効率的な場所からだけ生まれているわけではないように思います。
「そういえば、昨日さ……」「全然関係ない話なんだけど……」「これ、ふと思ったんだけど……」
そんな、目的のない会話から始まることがあります。いわゆる「雑談」です。仕事には直接関係がない。結論も出ない。何かが決まるわけでもない。一見すると「無駄な時間」にも見えます。
でも、本当にそうなのでしょうか。
私は、「いい会社」には、いい雑談があるような気がしています。
雑談には「行き先」がない
会議と雑談の大きな違いは、どこにあるのでしょう。
私は、「行き先が決まっているかどうか」ではないかと思います。
会議には目的があります。ゴールに向かって話を進めていく。一方、雑談には、決められた行き先がありません。天気の話から始まったのに、気づけば子どもの話になっている。趣味の話をしていたら、いつの間にか仕事のアイデアが出てくる。「あの店、おいしかったよ」という話から、「それ、今度の商品企画に使えるんじゃない?」という話になることもある。どこへ向かうのか、誰にも分からない。だからこそ、予定していなかった場所にたどり着くことがある。
もしかすると雑談とは、目的がない会話なのではなく、「目的を決めすぎない会話」なのかもしれません。
余白があるから、言葉が生まれる
以前、私はこんなことを書きました。
「人と人の間に、言葉を置いてゆく。」
社内報について考えているときに、ふと思いついた言葉です。
人を動かそうとするのではなく、人と人の間に言葉を置いてみる。
その言葉を誰かが拾う。
誰かが応答する。
そこからまた、別の言葉が生まれる。
雑談も、これとよく似ているように思います。目的や役割から少し離れた「余白」があるから、普段は出てこない言葉が出てくる。
「実はね」「そういえば」「前から思ってたんだけど」
そんな言葉が、ふっと置かれる。
そして誰かが、「それ、面白いね」と拾う。
そこから、予定していなかった何かが始まる。余白とは、何もない空間ではありません。何が生まれるか、まだ決まっていない空間なのだと思います。
雑談は、人の「役割」を少しだけ外してくれる
会社の中では、私たちは何らかの役割を持っています。社長。部長。上司。部下。営業。製造。経理。会議では、それぞれがその役割を背負って話します。
でも雑談になると、その役割が少しだけ緩みます。「部長」だった人が、「釣り好きのおじさん」になる。「経理の○○さん」が、「実は大の猫好き」になる。いつも厳しそうに見えた上司が、「昨日、娘に怒られちゃってさ」と笑っている。
人は、会社から与えられた役割だけでできているわけではありません。けれども仕事だけをしていると、お互いに相手のほんの一部分しか見えなくなることがあります。雑談は、その人の別の一面を見せてくれる。
すると、「あの人、意外と話しやすいんだな」「こんなこと考えていたんだ」と、相手の見え方が少し変わります。
相手の見え方が変われば、関係も少し変わる。その小さな変化が、仕事にも影響してくるのではないでしょうか。
「雑談しよう」と言っても、雑談は生まれない
では、会社で雑談を増やそう。
そう考えて、「これからは積極的に雑談しましょう」と言ったところで、おそらくうまくはいきません。
「毎週水曜日の15時から15分間、雑談タイムにします」
と決めた瞬間、それはもう雑談ではないような気もします。雑談は、命令して生まれるものではありません。でも、雑談が生まれやすい「きっかけ」をつくることはできると思います。
そこで、社内報です。
社内報に「雑談」を実装する
たとえば、社内報でこんな投稿企画をしたとします。
「もし1か月自由になったら、何をしたい?」
ある社員が、
「北海道をバイクで一周したい」
と答えた。それを読んだ別の社員が、翌日声をかけます。
「社内報見たよ。バイク乗るん?」「乗りますよ」「え、俺も昔乗ってたんよ」
そこから会話が始まる。これまで仕事の話しかしたことがなかった二人が、初めて仕事以外の話をする。もしかすると、その会話はバイクの話だけで終わるかもしれません。それでもいい。
でも、しばらくして仕事で困ったとき、
「あの人にちょっと聞いてみようかな」
と思うかもしれない。
以前なら声をかけにくかった人に、声をかけられるようになるかもしれない。一つの投稿が、二人の間に小さな接点をつくったのです。
投稿企画は「参加してもらうため」だけではない
社内報の投稿企画というと、
「社員参加型の社内報にする」「読者の参加意識を高める」
といった目的で説明されることが多いと思います。もちろん、それも一つの役割です。でも、私はもう一つ、大切な役割があると思っています。
それは、組織の中に「雑談のタネ」をばらまくこと。です。
「最近、ちょっとやらかしたこと」「実は私、○○なんです」「子どもの頃になりたかったもの」「1か月休みがあったら何をする?」「世間では○○というけれど、うちはこう!」
こうした質問への答えは、仕事には直接必要ないかもしれません。
でも、だからこそいい。社内報を読んで、「へえ、○○さんってそんな人なんだ」と思う。
次に会ったとき、「見ましたよ」と声をかける。そこから会話が始まる。
つまり、投稿する。 読む。 知る。 話したくなる。 声をかける。 雑談が生まれる。 相手の見え方が変わる。 関係が少し変わる。投稿企画の本当の成果は、集まった投稿の「数」だけではないのかもしれません。社内報が配られたあと、会社のあちこちでどれだけ会話が生まれたか。そこにも、社内報の価値があるように思います。
社員インタビューも、座談会も「雑談のタネ」になる
そう考えてみると、投稿企画だけではありません。
社員インタビューもそうです。普段は仕事の顔しか知らない同僚の、意外な一面を知る。
座談会もそうです。「あの部署の人たちは、こんなことを考えていたんだ」と知る。
失敗談も、趣味の話も、家族の話も、仕事への思いも。社内報に載った一つひとつの言葉が、誰かと誰かの間に置かれていく。その言葉をきっかけに、「読んだよ」という一言が生まれる。考えてみれば、社内報をつくっている私たちが直接、社員同士をつなぐことはできません。
「あなたとあなたは、今日から仲良くしてください」とは言えない。
でも、二人の間に話したくなる何かを置くことはできます。
雑談の中に「発火点」がある
前の記事で、チームが動き始める「発火点」について書きました。
誰かの一言。
誰かの小さな行動。
それを見た別の誰かが動き始める。
そして、誰が誰を動かしたのか分からないまま、チーム全体に熱が広がっていく。その「発火点」は、もしかすると会議室の中だけにあるのではないのかもしれません。
休憩室での会話。
昼休みの雑談。
廊下ですれ違ったときの一言。
社内報の記事を読んだ後の、「これ、面白かったね」という会話。
そんな小さな「余白」の中に、次の何かにつながる火種が潜んでいる。ただ、その時点では誰にも分かりません。だから面白いのだと思います。
雑談は、すぐに成果を生まないかもしれない。
何も生まないことだってある。
でも、何かが生まれる可能性を残している。
効率だけを求めれば消えてしまう、その余白にこそ、組織が動き始める小さな火種が隠れているのかもしれません。
社内報は、紙の上につくる「余白」なのかもしれない
社内報には、売上を直接つくる力はないかもしれません。
業務を効率化するシステムでもありません。読んだからといって、翌日から生産性が20%上がるわけでもない。だから、ときどき「社内報にどんな効果があるのか」と問われます。でも、組織に必要なのは、すぐに数字になるものだけではないはずです。
人と人の間に、言葉を置く。
その言葉が、誰かに拾われる。
会話が生まれる。
相手のことを少し知る。
関係が少し変わる。
そして、いつか別の場所で、その関係から新しい何かが生まれる。
社内報は、雑談そのものをつくることはできません。
でも、人と人が話したくなる「タネ」を、組織のあちこちに置いてゆくことはできる。
私は、それも社内報の大切な役割なのではないかと思っています。
「いい会社」には、いい雑談がある。
そして、いい雑談が生まれる会社には、きっと、人と人との間にたくさんの「余白」がある。
その余白に、そっと言葉を置いてゆく。
もしかすると社内報とは、組織の中にそんな余白をつくるための、一つの方法なのかもしれません。


